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新潟地方裁判所 昭和32年(行)4号 判決

原告 関利作

被告 新潟県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が別紙目録記載の宅地について、昭和二十七年四月十日付買収令書によりなした自作農創設特別措置法第十五条の規定による買収処分が無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、訴外関伝はその先代の頃から別紙目録記載の宅地(以下本件宅地と略称する)を期間を定めず賃借し、右地上に家屋を築造所有して該土地を使用していたが、原告はその後大正三年八月二十五日亡父から右宅地の所有権を取得するとともに、その賃貸人としての地位を承継した。

そうして昭和二十七年三月十一日新潟県南魚沼郡上田村(現在は塩沢町)農業委員会において、前記宅地につき、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第十五条の規定により、買収の時期を同年三月三十一日、その対価を金八千二百八十五円二十銭として買収する旨の買収計画を定め、これにつき、所定の公告、書類縦覧の手続及び新潟県農業委員会の承認手続を経たので被告は同年四月十日付の買収令書を同月十五日頃原告に交付して本件宅地を買収した。

二、しかしながら被告のなした右買収処分には、次に述べる如き重大かつ明白な瑕疵があり、当然無効の処分というべきである。

(一)  右買収処分は自創法第十五条第一項所定の政府において買収すべき旨の申請がないのにも拘らずなされたものである。すなわち上田村農業委員会は本件宅地が自創法第十五条第一項第二号に該当するものとして買収を相当と認め、被告においてこれを買収したものである。ところで同条による買収をすることができるのは、「同法第三条の規定により買収する農地若しくは第十六条第一項の命令で定める農地に就き自作農となるべき者が、同条の規定による農地の売渡を受けた日から一箇年以内に」政府において買収すべき旨の申請をした場合に限られること、換言すれば同法第十六条の規定により農地の売り渡しを受けた者が右買収申請をしない場合には政府においても買収できないことは、同法第十五条の規定から明らかである。ところで本件宅地の賃借人であつた訴外関伝は、数次にわたり自創法第十六条の規定により農地の売り渡しを受けたものであるが、同人が最後に農地の売り渡しを受けたのは昭和二十三年三月二十二日である。従つて前記同法第十五条第一項の規定により同人は政府において本件宅地を買収すべき旨の申請を、遅くとも翌二十四年三月二十二日までになすことを要したのであるが、同人は右期間内に買収の申請をしなかつたものである。従つて上田村農業委員会は、自創法第十五条第一項所定の買収申請がないにも拘らず本件宅地の買収計画を定めたこととなるから、右計画に基づき被告のなした本件買収処分は当然に無効であるといわなければならない。

(二)  前記買収処分は買収の目的たる土地を特定していない。すなわち、本件宅地の公簿上の面積は二百九十九坪であり、上田村農業委員会が実測したところでは三百四十四坪であるが、前記買収令書には買収土地として新潟県南魚沼郡上田村大字早川字大江作六百五十五番甲宅地二百六十九坪と表示してあるのみである。従つて買収令書の記載自体からは、台帳面積は二百九十九坪となつているが実測二百六十九坪であるからこれを全部買収するという趣旨か、台帳面積二百九十九坪のうち実測二百六十九坪を買収するという趣旨か、あるいは台帳面積二百九十九坪のうち実測三十坪を除外して買収するという趣旨かいずれとも確定できない。

仮りに台帳面積二百九十九坪から実測三十坪を除外した土地を買収するという趣旨であるとしても、その除外した土地の具体的範囲、従つて買収した土地の具体的範囲は、令書の記載自体からは特定できないし、また買収計画においても特定していない。自創法の規定による買収処分は買収令書の交付によつて効力を生じ、これによつて所有権の変動が生ずるものであるから、令書の記載自体によつて買収土地が特定し、その範囲が明確にされることを要する。従つて、前記のように買収した土地の範囲が買収令書において具体的に確定していない本件買収処分は無効であるという外ない。

以上の次第で、本件買収処分はいずれにしても無効であるから、これが確認を求めるため本訴に及んだ。

そうして、被告の主張に対して次のとおり述べた。

一、訴外関伝が昭和二十四年五月二十五日付をもつて、訴外関忠を代理人として本件宅地を買収すべき旨の申請をしたとの被告主張事実は否認する。右買収申請は忠が自己のためにしたのであつて、伝の代理人としてしたものではない。仮りに忠が伝の代理人として前記申請をしたものであるとしても、代理人たることは全く外部に表示されていない。このことは上田村農地委員会が右申請がなされたことにより昭和二十四年中に定めた本件宅地の売渡計画において、関忠を売り渡しの相手方としている事実からも窺い知ることができる。従つて、伝のためにすることを示さないでなした前記買収申請は忠が自己のためになしたものと看做すべきである。

しかも忠が自己のためになした本件宅地の買収申請は、適法な申請とはいえないから申請としての効力を有しない。何故なら忠は自創法第十六条の規定による農地の売り渡しを受けた者ではなく、売り渡しを受けた者でなくては同法第十五条第一項所定の買収申請をなす資格がないのであり、従つてこのような資格のない者からの申請は明らかに申請としての効力を有しないといわねばならないからである。被告は自創法第十五条第一項にいう「自作農となるべき者」は同法第十六条の規定による農地の売り渡しを受けた者のみに限られず、その者と同居する親族をも含めて解釈すべきである旨主張するが、前者のみに限定して解釈すべきことは同法第二条第五項が「この法律において、自作農とは、自作地に就き耕作の義務を営む個人をいう」と規定しているところから見ても明らかである。

以上のとおり、関伝は本件宅地の買収申請をしていないし、関忠のなした買収申請は申請としての効力を生じないものであるから、結局本件買収処分については自創法第十五条第一項所定の買収申請がなされていないものというの外ない。

被告は本件のような場合には右の違法は買収処分の無効原因とはならない旨主張するけれども、上田村農業委員会が忠の申請によつて本件宅地の買収計画を定めたことが、農地の売り渡しを受けた者が忠であると誤解したことに基因するとするならば、同委員会自身が農地売渡計画を定めたのであるから明白な誤謬であるといわなければならないし、また特段の事情なしに忠が本件宅地の賃借人であると誤解したことに基因するとすれば、一般に農村においては世帯主ではなくてその子が宅地の賃借人であるというようなことは極めて異例なことに属するから、右誤解もまた明白な誤謬であるといわなければならず、いずれにしても被告の主張は理由がない。

二、本件買収処分の目的たる土地の具体的範囲が、当事者間において明らかであつたとの被告の主張事実は否認する。昭和二十四年六月頃当時の上田村農地委員会が本件宅地二百九十九坪の買収計画を定め、これについて原告が異議の申立、ついで訴願の提起を行い、その後右訴願を取り下げた経過は被告主張のとおりであるが、昭和二十七年五月原告及び関伝の間に被告主張のような合意の成立した事実はない。従つて右合意を前提として買収処分の目的たる土地の範囲が当事者間において明らかであつたとする被告の主張は理由がない。仮りに原告と関伝との間において合意が成立したとしても、右は行政処分たる買収処分に対し、なんらの効力を及ぼすものではないのみならず、仮りに及ぼすとしても乙第八号証の協定書の記載中第一項の「相手方関伝が賃借している右宅地の内現況畑と認められる約三畝歩」が本件宅地内の二個所にある畑(被告主張のいわゆる「のぼりの畑」及び関伝所有家屋の西側にある「裏の畑」)の双方を指すのか、或るいはその一方を指すのか明確でない丈でなく、仮りに被告主張のとおり「のぼりの畑」のみを指すとしても、買収計画から除外すべきその半分は約四十五坪となり、これを三十坪として除外した買収令書は右合意の内容と符合しないこととなるから、本件買収処分の目的たる土地はやはり特定しない。

また本件買収処分の目的たる土地と、前記合意により買収計画から除外すべきと土地との間の境界線についてみても、右境界線が被告主張のとおりであるとするならば、買収計画から除外される部分は「のぼりの畑」の一部のみではなく、現況畑と認められない部分も含まれることとなつて前掲協定書の記載と矛盾する。結局被告主張の境界線自体が、全く被告の独断から生じたものであつて、経験則或るいは一般常識から当然そのように定まるべきものということはできない。

被告指定代理人等は、主文と同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、訴外関伝が本件宅地をその先代の頃から賃借し右地上に家屋を築造所有して該土地を使用していたこと、その後大正三年八月二十五日原告が亡父から本件宅地の所有権を取得するとともに、その賃貸人としての地位を承継したこと、上田村農業委員会が自創法第十五条第一項の規定により、原告主張の日時に本件宅地の一部につきその主張のような内容の買収計画を定め、被告がその主張の日時頃に買収令書を所有者である原告に交付してこれを買収したことはいずれも認める。

二、しかしながら、右買収処分には原告主張のように無効原因となるような瑕疵は存在しない。すなわち、

(一)  原告は本件買収処分は自創法第十五条第一項所定の政府において買収すべき旨の申請がないにも拘らずなされたものである旨主張するけれども、右買収については本件宅地の賃借人である関伝の長男訴外関忠が伝を代理して昭和二十四年五月二十五日付を以て適法な買収の申請をしている。その間の事情は次のとおりである。

買収申請に関する自創法第十五条第一項の規定は、昭和二十四年法律第二百十五号農地調整法の一部を改正する等の法律によつて原告主張のように改正されたものであつて、右法律の附則第十条の規定によれば、同条改正前に自創法第十六条の規定による農地の売り渡しを受けた者については、改正後の第十五条第一項の規定中「同条の規定による農地の売渡を受けた日から一箇年以内」であるのは「この法律施行後一箇年以内」と読み替えることとされている。従つて右改正前に農地の売り渡しを受けた関伝は、前記法律が施行された昭和二十四年六月二十日から一箇年以内に買収すべき旨の申請をなさなければならなかつたものである。ところで関伝は数次にわたつて自創法第十六条の規定による農地の売り渡しを受けていたのであるが、当時同人は上田村村長の職にあつて村役場に常勤しており、同家の農業経営の一切はすべて長男忠が行つていたため、本件宅地の買収の話があつた際伝は忠に対して買収すべき旨の申請手続をするよう指示した。そこで忠が父親伝を代理し、昭和二十四年五月二十五日付を以て上田村農地委員会宛に前記申請をなしたのである。

そうして本件買収処分は、右買収申請によつて昭和二十七年三月十一日上田村農業委員会が定めた本件宅地の買収計画に基づいて被告がなしたものであるから、買収申請がないにも拘らず本件買収処分がなされたものであるとの原告の主張は理由がない。

仮りに原告主張のように関忠が伝の代理人として前記買収申請をしたものではないとしても、次の理由によつて本件買収処分は無効ではない。すなわち、自創法第二条、第四項は、自、小作地及び自、小作牧野の定義に関し、「前二項の規定の適用については、耕作若しくは養畜の業務を営む者の同居の親族若しくはその配偶者又は耕作者若しくは養畜の業務を営む者の親族若しくはその配偶者で命令で定める特別の事由に因りその者と同居しなくなつたものが有する権利は、これをその耕作又は養畜の業務を営む者の有するものとみなす。」と規定しているが、この規定は農村の実態としては農業経営は主として世帯単位の家族労働によつて営まれ、自作農であるか小作農であるかということも実際問題としては経営主個人についてではなく、経営主を含めた構成員全体によつて組織される協同的農業経営体ともいうべき世帯を単位として論じなければならないということが一般常識となつていることに基づくものである。そうだとすれば同法第十五条第一項所定の買収申請をなすことのできる「自作農となるべき者」の概念についても、農地の売り渡しを受けた者のみに限定せず、前述のように世帯を単位として拡張した解釈をなすべきものである。従つて関忠が伝の代理人として買収申請をしたものではないとしても、同人は農業経営の一切に当つているいわゆる経営主であり、同法第十五条第一項第二号にいわゆる宅地の賃借権を有する父伝と同居して耕作の業務を営む者であるから、同人自身が賃借権を有するものではなくても、同条所定の「自作農となるべき者」として買収申請をすることができると解すべきである。従つて同人がなした前記買収申請は適法であるから原告の主張は理由がない。

また仮りに右主張が理由がないとしても、本件のごとく賃借人でない者の申請を賃借人の申請と同一の効力があると誤解した場合においては、右誤解が明白な場合を除き、全くその申請がなかつた場合と異り右違法は真に買収の申請をなし得る者の権利を侵害する虞があるという意味において当該買収処分の取消原因となるにとどまり無効原因とはならないと解すべきである(仙台地方裁判所昭和二十五年(行)一五号同二十七年四月一日判決参照)。

(二)  次に原告は本件買収処分が買収の目的である土地の特定を欠くから無効である旨主張するが、右主張もまた理由がない。

本件買収処分は自創法第十条本文の規定により本件宅地の土地台帳に登録された地積に基づいてなされたのであるが、右買収は本件宅地のうち台帳面積二百九十九坪から実測三十坪を除外した部分についてなされたものであり、買収令書の記載自体からはその具体的範囲が明らかでないとしても、当事者間においては明らかであつたものである。すなわち、

上田村農地委員会は、前述の関伝の代理人忠の昭和二十四年五月二十五日付買収申請に基づき、同年六月二十日に行われた第二十九回委員会会議において本件宅地二百九十九坪の買収計画を定めたのであるが、これに対し原告は同委員会に対し異議を申し立てた。そこで委員会は同年八月十七日の第三十一回会議において審議の上異議を棄却する旨の決定をしたところ、原告はこの決定を不服として同月二十五日付を以て新潟県農地委員会に対し訴願を提起した。そこで右訴願に関し翌二十五年五月七日事実調査のため椛沢県農地委員、伊藤県農地課主事が現地に出張したが、その際原告と将来本件宅地の売り渡しを受けるべき関伝の両者に対し調停を試みた結果次のような合意が両者間に成立した。

(1)  本件宅地のうち、原告が使用している宅地との境界線に接しこれと平行している現況畑と認められる約三畝歩について、その二分の一を買収計画から除外しその余の部分は買収すること。

(2)  原告は県農地委員会に対する前記訴願を取り下げること。

右合意によつて原告は昭和二十五年五月七日付を以て前記訴願を取り下げた。

その後上田村農地委員会としては、前記合意に基づき本件宅地の買収計画につき買収面積の変更の手続をとるべきであつたのであるが、たまたま同委員会の専任書記が欠勤、退職した際事務引継がなされないままその補充がなされた等の事情により、未処理のまま放置されていた。その後昭和二十七年二月頃手続が未処理となつていることが判明したので、同年三月十一日の委員会会議において前記合意に基づき同月三十一日を買収の時期としして買収計画を定めたのである。

ところで前記合意中の「現況畑と認められる約三畝歩」とは、本件宅地内に点在する畑は含まれず、本件宅地は原告が所有者として使用している塩沢町大字早川字大江作六百五十六番の宅地との境界に接し、これと平行した地域に存するいわゆる「のぼりの畑」と呼ばれる部分をさすものである。合意成立当時は目測によつてこの部分を約三畝とし、これを前記境界線にほぼ平行した線で二分して、境界線に接している方の半分を買収計画から除外することとしたのであるが、買収計画を定めた際右「のぼりの畑」は約二畝歩であることを確認したので、これを前記のように二分して境界線よりの一畝を買収計画から除外し、被告もまた右範囲の土地を除いた本件宅地を、その台帳面積二百九十九坪から除外部分の実測坪数三十坪を差し引いた二百六十九坪の面積のものとして買収したものである。

そうして本件買収処分の目的たる土地と前述の買収計画から除外した部分との現地における境界線は、別紙添付図面表示の(イ)、(ロ)の両点を結ぶ線となるのであるが、その理由を次に述べる。本件宅地の略中央に現在七十坪四合七勺(本件買収処分当時は五十六坪)の関伝所有の家屋があり、北隅に十二坪五合位の池がある。またこの池に殆ど隣接して西側に二十五坪位の畑があつて、野菜植栽にあてられており、被告主張の前記境界線まで僅かな空地を残すのみである。右境界線の西端の(ロ)点から四間半、原告所有の前記字大江作六五六番の土地と本件宅地との境界線から直角に延ばして二間一尺の地点に金比羅祠があり、この祠から前記(イ)、(ロ)の両点を結ぶ線まで三尺の距離がある(この程度に祠の敷地をとるべきことは信仰上またその管理上当然の常識に属する。)家屋の前の空地は収穫期における作業場として、道路に近い部分は藁積場、薪置場として、家屋の南側は籾糠置場としてそれぞれ利用され、又冬期には雪降し場となつている。又被告主張の右境界線に沿つてりんご、もみじ等の木があり特に東端の(イ)点には桐の木があるし、西端の(ロ)点には杉古株がある。このように立木、切株等を境とすることは客観的な正確な方法である。また前記金比羅祠の南側に前記字大江作六百五十六番の土地と本件宅地との境界線に殆ど接着して原告所有の土蔵があるが、右建物の管理特に冬期における雪降しのためにはある程度の土地の余裕が必要である。以上のような本件宅地の使用の実情、金比羅の祠の存在、原告所有にかかる字大江作六百五十六番の土地との関係等からいつて、前記合意によつて定められた買収計画から除外すべき三十坪の部分と、本件買収処分の目的たる土地との境界が被告主張のとおりとなるべきことは、関係者間において明らかなことであつて、原告も常識上当然知り得べかりしものである。

以上のとおり、買収令書の記載自体からは直ちに本件買収処分の目的たる土地が特定しないとしても、当事者間においては明らかであつたものというべきであり、仮りに多少不明確な点があるとしても、これを以て重大かつ明白な瑕疵があるということはできないから、本件買収処分が無効であるとの原告の主張は理由がない。

(立証省略)

理由

一、訴外関伝がその先代の頃から本件宅地を賃借し、右地上に家屋を築造所有して該土地を使用していたこと、その後大正三年八月二十五日原告が亡父から本件宅地の所有権を取得するとともにその賃貸人としての地位を承継したことは当事者間に争いがなく、また関伝の長男たる訴外関忠が昭和二十四年五月二十五日付をもつて訴外上田村農地委員会に対し自創法第十五条第一項所定の本件宅地を政府において買収すべき旨の申請をなし、その後訴外上田村農業委員会において昭和二十七年三月十一日右申請に基づき、買収すべき土地を新潟県南魚沼郡上田村大字早川字大江作六百五十五番甲宅地二百六十九坪、対価を金八千二百八十五円二十銭、買収の時期を同年三月三十一日とする買収計画を定め、これにつき自創法所定の公告、書類縦覧の手続及び新潟県農業委員会の承認手続を経たのち、被告が右買収計画により同年四月十日付の買収令書を同月十五日頃原告に交付してこれを買収したこともまた当事者間に争いがない。

二、そこで右買収処分に、原告主張のような瑕疵が存するか否かの点について考えてみる。

(一)  まず本件買収処分は自創法第十五条第一項所定の政府において買収すべき旨の申請がないにも拘らずなされたものであるから当然無効であるとの原告の主張について判断するに、前述のとおり本件宅地の賃借人であつた関伝が、数次にわたつて自創法第十六条の規定による農地の売り渡しを受けたものであることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証の一及び証人関伝(第一回)、同関忠の各証言により成立を認める同号証の二の各記載並びに前記証人(関伝については第一、二回、但し後述の措信しない部分を除く)、及び証人証人角田武治の各証言によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、関伝は昭和二十四年当時上田村村長の地位にあり、長男忠に自己所有地農についての農業経営を任せていたため、本件宅地の買収申請をなすに際しても将来忠名義で売り渡しを受けたいと考え、上田村農地委員会の係員に対してその旨を申し出たが、その際求めにより本件宅地の地番、地積を書面(乙第一号証の二)にして渡したところ後になつて右の書面では自創法所定の買収申請にはならないから改めて書面で申請するように係員からいわれたので、前述のように将来忠に対して売り渡しを受けたいとの考えから忠に右申請をするよう指示し、忠はこの指示に従つて自己名義の昭和二十四年五月二十五日付の宅地解放申請書と題する書面(乙第一号証の一)を作成し前記委員会に提出したこと、以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠は存在しない。

そこで忠のした右申請が自創法所定の適法な買収申請であるといえるか否かの点について考察するのに、先ず原告は申請の時期の点について、関伝が最後に農地の売り渡しを受けたのは昭和二十三年三月二十二日であるから買収申請は遅くとも翌二十四年三月二十二日までになすことを要する旨主張するけれども、関忠が前記買収申請をなした昭和二十四年五月二十五日当時施行されていた昭和二十二年法律第二百四十一号による改正後の自創法第十五条第一項の規定によれば、「自作農となるべき者」が買収申請をなし得る期間については別段の制限はなく、申請期間について制限を設けた昭和二十四年法律第二百十五号農地調整法の一部を改正する等の法律が施行されたのは同年六月二十日からであるが、その第十条によれば、被告主張のように右法律施行前に自創法第十六条の規定による農地の売り渡しを受けた者については、右法律による改正後の同法第十五条第一項の規定中「同条の規定による農地の売り渡しを受けた日から一箇年以内」とあるのは、「この法律施行後一箇年以内」と読み替えることとされている。従つて関忠のなした前記買収申請は申請の時期については別段違法の点は存在しないといわなければならない。そこで次に申請適格について考えてみるのに、被告はこの点に関し忠の前記申請は、自創法第十六条の規定による農地の売り渡しを受けた伝の代理人として同人のためになされたものである旨主張するれども、忠が自己名義をもつて申請をなすに至つた事情は前記認定のとおりであつて、前掲各証拠を綜合すれば伝自身忠を自己の代理人として買収申請をする意思ではなかつたものであり、また忠としても伝の代理人として申請する意思ではなく従つて前述のとおり申請に際し伝の代理人たることの表示もしなかつたものと認めるのが相当である。このことは、上田村農地委員会が昭和二十四年に右申請によつて定めた本件宅地の売渡計画において売り渡しの相手方を関忠とした事実が証人角田武治の証言によつて認められることからも推認できるところである。証人関伝の証言(第一、二回)中には右認定に反する趣旨に解されないではない部分があるけれども、前掲各証拠に照らしてたやすく措信できず他に認定を覆すに足る証拠は存在しない。

次に被告は関忠が伝の代理人として買収申請をしたものではないとしても、自創法第十五条第一項所定の買収申請をなすことのできる「自作農となるべき者」は、農地の売り渡しを受けた者のみに限定すべきではなく、その者と同一世帯に属して耕作の業務を営む者を含めて解釈すべきであるから、忠のなした前記買収申請は適法である旨主張するけれども、本件におけるように農地の売り渡しを受けた者が同時に買収すべき宅地についての賃借権者である場合においては、その者のみが同項所定の買収申請をなす適格を有するものと解するのが相当であるから被告の右主張は理由がない。

ところで自創法第十五条による宅地買収は、前記「自作農となるべき者」が当該宅地を政府において買収すべき旨の申請をした場合に限つてこれをなし得るものであることは、同条の規定からいつて明らかであり、本件においては農地の売り渡しを受けた関伝自身から同人が賃借権を有する本件宅地について右買収申請がなされていないことは前段認定のとおりであるから、本件買収処分は前記法条所定の者の申請を欠くこととなり、従つて違法な処分であることを免れない。

そこで次に右の違法が原告主張のように本件買収処分を無効たらしめるべき重大かつ明白なものであるか否かの点について考えてみるに、証人角田武治の証言によれば、上田村農業委員会が昭和二十七年三月十一日忠の前記申請に基づき本件宅地について買収計画を定めるに至つたのは、関伝がその頃同委員会の書記角田武治に対して、伝が申請した宅地買収の手続がどうなつているか訊ね角田書記が調査したところ、本件宅地の買収手続が未処理となつていることを発見したのがそのきつかけであること、同委員会において本件宅地に関する買収計画とともに関伝への売渡計画を審議した際にも、売渡人が違うのではないかという話が出たが、関伝が村長の地位にあり、実質上の農業経営は伜の忠が行つているところから忠名義で売り渡しを受けたいと希望して同人名義の申請書を提出したのであること、右申請書は伝の自筆であること等を角田書記が説明したので、右申請が伝からなされたものであるとして、買収計画並びに売渡計画を定めたものであることが認められ、他に認定を左右するに足る証拠は存在しない。以上認定の諸事情に前記認定のとおり当時忠が実質上の農業経営を行つていた事実をあわせ考えれば、本件買収計画樹立当時上田村農業委員会において適法な買収申請が存するものと誤認したことについても全く理由がない訳ではないから、右誤認が一見して客観的に明白な誤謬であるとするのは相当でなく従つてまた被告が右買収計画に基づき本件買収処分をなすに際しての同一内容の誤認についても同様である。以上の次第で本件買収処分が申請適格を有しない忠の買収申請に基づいてなされたことは前述のとおり違法ではあるけれども、右の違法は当初から申請が存在しない場合、あるいは申請適格を有しない者の申請であることが一見して客観的に明瞭である場合等と異り、未だ重大かつ明白な瑕疵として本件買収処分を無効たらしめる程のものではないと解するのが相当である。従つて原告のこの点に関する主張は結局その理由がないことに帰する。

(二)  次に原告は本件買収処分が買収の目的たる土地を特定していないから無効である旨主張するので、この点について判断するのに、本件宅地の土地台帳に登録した地積が二百九十九坪であることは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない甲第一号証の一、二の記載によれば、被告が原告に交付した前記買収令書においては、買収土地として、単に新潟県南魚沼郡上田村大字早川字大江作六百五十五の甲宅地二百六十九坪と表示してあるのみであつて、摘要欄に台面(台帳面積の意味と解せられる)二百九十九坪の記載があるけれども、他に買収土地の範囲を明らかにする図面等の添付もないこと、従つて買収令書の記載自体からは、一筆の本件宅地の一部を買収する趣旨であるのか、それとも実測面積によつてその全部を買収する趣旨であるのかいずれとも確定できないのみならず、仮りに一筆の一部を買収する趣旨であるとしても、本件宅地のうち具体的にどの部分を買収するのかという点も確定できないことが認められる。本来自創法第十五条第一項による宅地買収処分は、同条第二項によつて準用される第九条第一項の規定により買収令書を所有者に交付してこれをなすものであり、これによつて令書に定める買収の時期に当該宅地の所有権が政府に帰属することとなるのであるから、買収令書の記載自体によつて買収する土地を特定しなければならないことは勿論である従つて一筆の土地の一部を買収する場合においては買収する範囲を明らかにした図面を添付する等の方法により具体的に買収土地を特定することを要するから、このような意味での特定を欠く令書による買収処分は違法であるといわなければならない。そうして本件において被告が交付した買収令書の記載が、右の意味で買収土地を特定していないことは前記認定のとおりであるから、本件買収処分はこの点において違法であることを免れない。

そこで次に右の点についての違法が原告主張のように本件買収処分を当然無効たらしめるべき重大かつ明白な瑕疵といいうるか否かの点について考察する。これに関し被告は本件買収処分の目的たる土地は当事者間においては明らかであつた旨主張するのでまずこの点について判断する。上田村農地委員会が昭和二十四年六月二十日定めた本件宅地二百九十九坪の買収計画について、原告が同委員会に対し異議を申し立て、同委員会が同年八月十七日右異議を棄却する旨決定したこと、原告がこの決定を不服として同月二十五日付をもつて新潟県農地委員会に対して訴願を提起したことは、いずれも当事者間に争いがない。ところでいずれも成立に争いのない乙第三、四号証、証人伊藤和夫、同椛沢千寿の各証言により成立を認める同第二号証、証人椛沢の右証言によつて成立を認める同第八号証の各記載、並びに前記各証言及び証人関伝の証言(第一、二回)を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、原告のなした前記訴願に関し、昭和二十五年五月七日椛沢千寿県農地委員、伊藤和夫県農地課主事の両名が調査のため現地に出張したが、その際原告と将来本件宅地の売り渡しを受けるべき関伝との間を斡旋した結果、原告は左のような内容の調停案を受諾したので、外出先の関伝に連絡したところ同人もまたこれを受諾し、両者間にその旨の合意が成立した。

(1)  関伝が原告から賃借している本件宅地内には、原告が使用している大字早川字大江作六百五十六番の土地との境界に接し、これとほぼ平行している畑等として利用している部分及び現況荒地であるが以前には畑として利用したこともある部分が合計して概算約三畝歩あるが(通称「のぼりの畑」と呼ばれる部分)、これを前記境界にほぼ平行な線で二分し、そのうち境界寄りの方を買収計画から除外することを条件として、原告は本件宅地のその余の部分の買収を認めること。

(2)  原告は県農地委員会に対する前記訴願を取り下げること。

そうして原告は右合意に基づき、同日付の「訴願取下げ願」と題する書面(乙第三号証)を新潟県農地委員会長宛提出して前記訴願を取り下げた。以上の事実を認めることができる。原告の本人訊問の結果(第一、二回)中には、右合意の成立したことを否定する趣旨の部分があるけれども、前掲各証拠に照らしたこれを措信せず、他に右認定を覆すに足る証拠は存在しない。

次にいずれも成立に争いのない乙第五号証、同第六号証の二及び同第七号証の各記載、並びに証人角田武治の証言によれば、その後上田村農地委員会においては、たまたま右合意成立当時の書記であつた角田亥吉が発病して退職した際事務引継がなされなかつた等の事情のため、本件宅地についての買収手続が未処理のままになつていたこと、昭和二十七年に至つてから前述のとおり関伝が書記角田武治に訊ねた結果その事実が明らかとなり、同年三月十一日上田村農業委員会の第九回会議において前記合意の趣旨に基づき買収計画を定めたのであるが、その際買収計画から除外すべき部分を現地で概測したところ約一畝歩であると認められたので、本件宅地の土地台帳上の地積二百九十九坪から三十坪を差し引いた二百六十九坪の面積のものとして前掲合意によつて定められた買収すべき部分について買収計画を定めたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠は存在しない。

以上認定の事実に照らして考えれば、本件買収処分の前提となつている買収計画は、原告、関伝間の前掲合意に基づいて買収すべき土地の範囲を定めたものであり、被告はまた右買収計画に基づいて本件宅地の一部を買収したのであつて原告においても当然このことは知悉していたものと考えられるから、買収処分の目的となつている土地は、原、被告間において一応特定していたものと解することができる。もつとも買収すべき土地と買収計画から除外すべき土地との現地における境界については、買収機関において杭を打つとかあるいは正確な測量図の上に表示する等の方法によつて現地に即して具体的に明確にする措置に出なかつたことは前記認定に供した各証拠によつて明らかである。しかし証人関伝の証言(第一、二回)並びに検証の結果(第一、二回)によれば、本件宅地の状況はほぼ被告主張のとおりであつて、原告が使用している前記字大江作六百五十六番の土地との境界に接し、これと平行して、東寄りに検証当時畑ないし籾穀、藁屑等の積場として利用している部分があり、これに続いて西寄りの原告方土蔵の北側にあたる処に荒地の部分があつて、これが通称「のぼりの畑」と呼ばれる部分であること、従つて前掲合意によつて定まつた、買収計画から除外された土地と買収土地との具体的な境界は、本件宅地のうち前記畑ないし積場として利用されている部分とその北側の現況宅地との境界線を東西に延長した線以南に位置する部分を北西から南東にほぼ二等分する線となることが認められる。そうして被告が右境界線として主張する別紙添付図面表示の(イ)、(ロ)の両点を結ぶ直線は、前記検証の結果によればほぼ右条件を満すものであり、また被告の主張するように前掲合意に基づく境界線が一般の社会通念上当然右のように定まるべきものと必ずしも断定することはできないとしても、前記認定のように本件宅地の状況がほぼ被告主張のとおりであること、特に前記(イ)点には桐の木、(ロ)点には杉の切株があり、右両点を結ぶ直線上にある別紙添付図面表示の(ハ)点には関伝が植栽した七、八年生位のりんごの木があること、その他被告主張の金比羅祠の位置等を併せ考えると、原告、関伝間の前掲合意に基づく境界線を被告主張のとおりに定めることは客観的に相当の合理性があるのと考えられる。

以上認定にかかる諸事実に基づいて考えれば、本件買収処分は前述のとおり買収令書の記載自体によつて一筆の土地のうちどの部分を買収するのかを確定していない点において違法たることを免れないけれども、当事者間においては、本件宅地のうち前記のいわゆる「のぼりの畑」を除く部分が買収土地の内に入ることは確定しており、「のぼりの畑」についても、「これを北西から南東の方向にほぼ二等分してそのうち北東側に位置する部分」が買収土地の内に入るという程度においては確定しているのであるし、その後右買収処分を行つた被告においてその主張のように現地において具体的に前記買収部分を特定している現在においては、前記違法は未だ本件買収処分を無効たらしめる程の重大かつ明白な瑕疵ではないと解するのが相当である。従つてこの点に関する原告の主張もまた理由がない。

以上の次第で本件買収処分に無効原因たる瑕疵が存するとの原告の主張は結局いずれも採用できず、従つて右処分が無効であることの確認を求める原告の本訴請求はその理由がないことに帰するからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉井省己 岡垣学 藤田耕三)

(別紙目録・図面省略)

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